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寿司の定番

当時、靴を一足磨くと一〇円、この靴磨きが手に入れた切符は七〇〇円だったから、七〇足余分に精出したことになる。
この「歴史的演奏会」の記憶は、そこに出かけることなど思いも付かない少年だった私もふくめて、多くの人たちに共有されていた。
国も人も世界有数の豊かさを得ることになって、同じ演奏者、同じ演目、同じ会場で、それを再現しょうという話が持ち上がったのは当然の道筋であったろう。
こうして来日したメニューインに私が会ったのは、当時とは見ちがえるほど高層ビルが立ち並ぶ東京のまちが見渡せるホテルの一室だった。
「すっかり変わったでしょう」という私の問いにメニューインは言った。
「たしかに見た目の光景は変わった。
しかし日本人はそう変わらないと思うね」そして彼は、変わらないと思う理由(条件)として私が予想もしなかったことを口にした。
「日本人が箸を使い続ける限り―」メニューインがイギリスで「サー」の称号を与えられ、世界的に尊敬の対象となったの「食」の荒涼たる光景はもちろんヴァイオリンの妙技あってのことだが、自ら音楽院を創設して後進の音楽家を育てたことも大きい。
条件的に恵まれなかったアジアの才能の発掘にも熱心だった。
なかで日本人の子どもや若者が、どうして細やかでデリケートな指使いに秀れているのか、考察の末の結論が「箸」だったらしい。
音楽家のメニューインは、演奏の際に示す日本人の手先に着目したのだが、実は日本の経済発展、近代化にも、これは大きく関係している。
開国した日本の主要輸出産品、絹・織物、瀬戸物(陶磁器)は日本人の手先の器用さが生み出したものだった。
この器用さはマガイもの、真似もの(模造品)を作る能力にも通じ「メイド・イン∴ンヤパン」は、「安かろう、悪かろう」の代名詞になった時代もあった。
が、その評価を逆転させたのも、同じ能力だった。
敗戦の瓦礫のなかから復興する過程で、まず声価を高めていったのは、トランジスターラジオ、時計、カメラ、精密機械など、日本人の手先の器用さが活きた製品だらけである自動車、テレビ、造船、鉄鋼など、より大きな製品であっても、それを構成する「部分」の精密、正確さが「メイド・イン∴ンヤパン」の優位性を支えてきた。
これも細かいところまで手(指)が届くという能力と無縁ではない。
「日本人は変わらない」というメニューインの託宣を聞いて、私はむしろ不安になった。
「箸を使う」ことがその条件だとしたら、その習慣はかつてのようには保たれてはいないし、さらに〝退化″が進むのではないかと思ったからである。
箸を使う民族は中国を筆頭に他にもあるが、チョップスティックという英語名が示すようにスティックうまり「棒」のように用いることが多い。
ところが、何事も加工、工夫を凝らすことが好きなわが先祖たちは、二本の棒の間に中指を挟むことで微妙な「箸使い」を編み出していった。
子どものころから家庭でそれをしつけることも普通だった。
私の不安は、その後ほぼ的中していった。
箸使いを教えられず、箸をうまく使えない子どもたち(やがて大人になる)は増え続けていった。
それどころか、他のことでも手先を使うことが激減し、「もの作り」の現場では手先の器用さという日本人の優位性は消え失せた。
世界的な時計メーカーの場合、かつてはアジア地域の工場での生産効率(能力)は日本国内の工場の七〇%だったが、今では一・二倍から二倍。
つまり、国内がアジアの八〇%から五〇%しかない。
細かい手仕事には向かない「無器用」な国になっているという。
箸がうまく使えないどころか、箸を使う機会がめっきり少なくなったのは、食生活が大「食」の荒涼たる光景きく変わったからである。
「給食」廃止論への反感「いろいろ圧力はあるんでしょうね」私のように他人前で顔をさらしながら、ものを言う仕事をしているとよくそう訊かれる。
もちろん、圧力はある。
それがない世の中なぞ滅多に存在しないと思うのだが、民間放送テレビという世界はとくにそれが多様だ。
だが、多くの人が予想しているのとはややちがう側面もある。
私が最も風圧を感じたのは、天皇制や宗教団体や差別問題に触れた時ではない。
もちろん、そういうテーマでは激しい反応はあるのだが、それは予測可能な、一定の方向から出てくる。
意表を衝かれ、しかも多岐な反発を招いたテーマは他にある。
「給食」である。
端的に言えば、私は廃止論者だった。
今でもこの制度に大いなる疑問を持っている。
一時は「先割れスプーン」(フォークの機能を併用したスプーン)が横行し、容器に顔を寄せて食べる「犬食い」が増えたといったことが「箸の文化」を破壊しているーというのが理由の全てではない。
そもそも学校給食制度は「貧しさ」が出発点だった。
弁当を持って来られない子どもにも最低限の「食」を保障することが目的だった。
具体的には戦後の給食はアメリカからの小麦と脱脂粉乳の供給があって成立した。
食糧難の当時にあっては、それは大いなる恵みではあったが、食糧、とくに小麦の過剰生産に悩んでいたアメリカの市場戦略にも合致していた。
コメ中心の日本人の食をパン中心に変えていくことはその後、ますます戦略の重要な一環となった。
それは食文化という、文化のなかでもとくに重要な一角の変革を迫るものだから「文化侵略」とも言えるのだが、「コメを食べ続けると頭が悪くなる」と太鼓を叩く学者が日本側にも現れ、体位向上にもたらす効果も相侯って急速に〝洋食化″が進んだ。
飽食の時代に入ってまで、貧窮化対策の給食を惰性で続ける理由がどこにあるのか、というのが私の疑問の出発点であるが、味覚を形成する大事な時期に「画一性」を課すことへの異議もある。
自校給食から給食センターへの一元化の流れ、食材規格・調理規準の〝厳密化″などがそれをさらに推し進めていった。
それだけ子どもたちの食の選択の幅は「食」の荒涼たる光景狭くなる……。
ひとたび、そういう疑問を口にした途端に思い知ったのは、いかに給食産業が巨大で広い裾野を持ち、いかに多くの人がそれにかかわっているか、だった。
それをなくすなど、とんでもない秩序破壊なのだ。
が、もうひとつの方角からも石が飛んで来た。
女性運動の側からだ。
「お前は母親に弁当を作れ、と言って女性たちを家庭に閉じ込めたいのか」四面楚歌。
私の意見に賛成だという声はただのひとりもなかった。
私はいったん矛をおさめざるを得なかった。
問題の本質は、やはり経済効率に在る。
すでに述べたように、日本の食文化は世界のなかでもユニークな特徴と長所があり、大切なものだと私は思っているのだが、効率が重視、どころか最優先される社会では「文化」は二の次でしかない。
効率とスピードを最大限に追求するグローバル化の「食」における表現はファストフードだが、グローバル化が世界に冠たる粗食民族(味覚不感症民族)たるアングロ・サクソンに主導されている不幸もそこに在る。
ところがファストフード化がすさまじい勢いで進んだのが私たちの国であり、それを子どもの段階で準備した装置が給食制度だと私は思っている。
均質、画一の給食に慣らされた子どもたちが長じてファストフードに駆け込むのは当然の道筋だからである。
さて、私が黙り込み、日を外らしているうちにも当然、世の中は変化していき、さまざまなことが進行した。
給食については、私の議論がほとんど無効となる〝逆転現象″が食をめぐって起きていった。

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